昔のことばを伝えること

親指シフトの話題が続いたので、今回からは少し違うトピックスを。

先日、お茶のお稽古でのことです。
床の間のお花が、しもつけとりょうぶでした。

しもつけは5月によく目にしますが、りょうぶは珍しいです(茶花はなかなかお花屋さんでも売っていないので、みなさんおうちで育てていることが多いですね)。
そもそも、「りょうぶ」という名前を聞くことすらないので、私はぽかーん、でした。

「珍しいお花ですね」
と社中の先輩に言うと、実は私たちがよく聞くことばに出てくるとか。

「ぼうずがじょうずにびょうぶに・・・」
という早口言葉(?)を耳にしたことはありませんか?
あれは、「坊主が上手に屏風にりょうぶの絵を描いた」、だそうです。
私の地方では、「坊主が上手に屏風に坊主の絵を描いた」と伝わっていたので、びっくりでした。

実は、「『坊主』がこんな短い言葉の中に2回も出てくるの?変じゃない?」と子供心に疑問符でいっぱいだったので、その謎も解けてすっきり!

私がお稽古する千家流では、書物がほとんどありません。
理由は、「日々のお稽古で先生からの口伝が基本です」ということのようです。
ただ、口伝も善し悪しがあり、長い期間でことばが変わることもあります。
私の地方で伝わっていた「坊主」が2回も出てくるのが、まさにそれですね。私の記憶違いかと思っていましたが、同県出身の家族に訊いてみても、やはり「坊主2回」で覚えていたそうです。明文化しておけば「りょうぶの絵を描いた」として正しく伝わったのかも、というのは一理あると思います(もっと言うと、最初は「りょうぶ」ではない、ほかのものだったのかもしれません。もう現代では見られないなにか別のものが、いつの間にか「りょうぶ」にすり替わっていた可能性もありますね)。

でも、こうしたことば遊びを明文化したところで、人々の間に伝わって残るかというと・・・こちらもまた疑問です。
口伝だからこそ残った、とみる方がしっくりきますね。
だとしたら、口伝でも明文でも、言葉を伝えるのはなかなかにして難しいことなのかもしれません。

今回はたまたま私が先輩にお尋ねし、先輩も嫌がらずに教えてくださったので、長年の疑問が解けたのですが。
口伝と言葉の難しさを感じつつ、お稽古に出かけて人と会い、ひとつひとつを確認する、という大切さを学びました。誰かと簡単な雑談をするだけで、自分の長年の謎が解けるって、すてきなことだなあと。

りょうぶ、かわいいお花です。
しもつけとよく合っていました。

○o。+..:*○ マド ○o。+..:*○

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