講評する? しない?

私は元々、芸術学部だったこともあり、「切磋琢磨」「量は質を変える」という言葉を信じています。
芸術作品は一人で制作するもの、という意識がなぜか蔓延しているようですが、実はそうではありません。
もちろん、一人でやる仕事もあります。でも、アイディアやものの見方などは、誰かと話しているときにもらえることが多いのです。

芸術学部では、みんなに作品を見てもらって講評、という形式が多いです。劇団なども、車座になって話し合いながら進めますね。自分にない見方を人からもらえるというのは、成長の度合いが加速すると思います。

もちろん、何もせずに人に頼るのは、いわゆる他力本願でしかなく、そういう人に成長はありません。自分でできるところまで精一杯やり、一通り考え、やりきったところで他の人に見てもらう。これが遠回りのようで一番の近道です。

その上で、さらに自分で考え、何度も試行錯誤すると、量をこなすことになり、質も変わってきます。自分でその変化が見えづらいのが苦しいところですが…。

私が参加している翻訳講座で、予習会をやることになりました。
最初は予習会までに訳出できるかわからなかったので、ちょっと参加を保留していたのですが、どうにか訳出を終えて参加してみました(急なお仕事の打診もあったのですが、そちらもどうにかスルーしつつ…)。
やはり他の方の考えを聞けて、有意義な会でした。
私の見落としも多く、もう一度しっかり作品と向き合おうと思い、考えをまとめ直してみました。結局、会では出なかったところに(自分の中で)帰結したので、この考えに沿った訳をしてみようと思います。

私の場合、読んでいる段階での見落としが後々に響く気がします。また、普段の読書でもさらりと読んでいるのがよくわかりました。
軽い本も丁寧に読むことで、少しずつ読解力もついてくると信じて、読書をしてみます。

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